So-net無料ブログ作成
検索選択

ヤコブの組打ちの意味 [聖書研究]


その夜、ヤコブはヤボク川の渡しを渡ろうとしました。ヤボク川はギレアデ山地から曲がりくねって、死海から約40キロ北の地点でヨルダン川と合流している川です。ヤコブはそのヤボク川を女子供を渡らせ終えて、さて自分も渡ろうとしたその時、いきなり人影が現れてヤコブに組み付いて来たのです。その人はとても強い人でしたがヤコブも負けてはいませんでした。一晩中二人は組みあい闘いました。夜明けが近づき、その人はヤコブに勝てないとみるとヤコブの関節に触り、ヤコブの股の関節をはずしました。それでもヤコブは彼を放しません。
 「もう夜が明けるから、わたしを帰してくれ」
 「いいえ、わたしを祝福してくださらないうちは放しません」
その人は命じました、
 「神と争って勝ったのだから、これからはヤコブではなく、イスラエルと名を改めなさい」

********************************************

上の絵画では、天使を模して描いてある人物は、創世記32章の記述から解釈すれば、明らかに神そのもの>に違いありません。

だから、<イスラエル>という言葉の意味は、<神と闘う者>となります。
(神 対 人間の闘い)  (ヘブライ語の文法にも適う)

私の主張によると、旧約聖書の根本思想は、この「イスラエル=神と闘う者」であります。

人間が、「神と闘う」とは、どういう事なのか?

この点に、人類の歴史の全てが凝縮されているのです。

人間は、「神と闘って、(神が炎の剣で守る)生命の木の実を掴まなければならない

旧約聖書には、そういう普遍的な意味が含蓄されています。

しかし、ユダヤ教・キリスト教信仰者は、誤った解釈により、この最重要思想を台無しにしてしまいました。

ヤコブ(イスラエル)は、この闘いで負ければ、命を失わなければならないのです。

神 対 人間の闘いとは、命を懸けた闘いなのです。

そして、あなた自身の闘い、でもあるのです。


この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。