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創世記を、もう一度解説しておきます [聖書研究]

創世記の前半部分の主要なエピソードは、ユダヤ人聖書編纂者シュメールのエンキ神神話を換骨奪胎して創作したものです。

ユダヤ人聖書編纂者は、古代オリエント社会で広く信仰されていたエンキ神(鍛冶神)の業績(行為)を、ユダヤ風にアレンジしてヤハウェ神に帰着させたのです。

又、ヤコブ神と組打ちをするエピソードは、鍛冶神(エンキ神)信仰クライマックスであろうと考えられます。

さらに、「ソロモンの雅歌」も、鍛冶神(エンキ神)信仰のうちの豊穣儀礼聖婚歌)に由来するものと考えられます。

これは述べて置かなくてはなりませんが、だからと言って、創世記鍛冶神(エンキ神)信仰の意義を全面的に踏襲(トウシュウ)したのではありません

創世記は、鍛冶神(エンキ神)信仰の意義のうち、<知恵の尊重>をヤコブに代表させて残し、豊穣多産儀礼>をカイン(西セム語で鍛冶師の 意)に代表させて廃棄しようと目論んだのです。

*だから、やはり、創世記は、古代オリエント社会で広く信仰されていたエンキ神信仰(多神教信仰を否定しようとしています。

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ユダヤ教の律法の有効性 [聖書研究]

ユダヤ教の律法とは、タルムードのハラハー(法律・道)のことである。
このユダヤ教の律法の起源は、BC3000年頃のシュメール文明の法典に遡り得ることは、ほぼ間違いない。
だから、ユダヤ教の律法は、約5000年間の研鑽(けんさん)を積んで来たことになる。
このような途方もなく永い期間を生き延び、時代に応じて変化発展してきたユダヤ教の律法が、あらゆる現実生活上の智恵を含蓄していることは、当然であろう。
そこには、ユダヤ賢者の最高の智恵が詰まっている。
それは、人類の宝である。
キリスト教・仏教・イスラム教は、このような伝統を持たない。

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